弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
軽度中等度重度
定性評価
大動脈造影 Grade Ⅰ Ⅱ Ⅲ~Ⅳ
カラードップラージェット面積<25% of LVOT >65% of LVOT
vena contracta width(cm) <0.3 0.3~0.6 >0.6
定量評価(カテまたはエコー)
逆流量RVol(mL/beat) <30 30~59 60
逆流率(%) <30 30~49 50
逆流口面積ERO(cm2) 0.10 0.10~0.29 0.3
クラスⅠ
1 胸痛や心不全症状のある患者(但し,LVEF >25%)
2 冠動脈疾患,上行大動脈疾患または他の弁膜症の手
術が必要な患者
3 感染性心内膜炎,大動脈解離,外傷などによる急性
AR
4 無症状あるいは症状が軽微の患者で左室機能障害
(LVEF 25~49%)があり,高度の左室拡大を示す
クラスⅡa
無症状あるいは症状が軽微の患者で
1 左室機能障害(LVEF 25~49%)があり,中等度の
左室拡大を示す
2 左室機能正常(LVEF ≧50%)であるが,高度の左室
拡大を示す
3 左室機能正常(LVEF ≧50%)であるが,定期的な経
過観察で進行的に,収縮機能の低下/中等度以上の
左室拡大/運動耐容能の低下を認める
クラスⅡb
1 左室機能正常(LVEF >50%)であるが,軽度以下の
左室拡大を示す
2 高度の左室機能障害(LVEF <25%)のある患者
クラスⅢ
1 全く無症状で,かつ左室機能も正常で左室拡大も有
意でない
1 手術適応
(表31)
基本的に,大動脈弁または大動脈弁輪の形態学的異常により,高度(Ⅲ~Ⅳ度)の弁逆流を呈する患者について手術の必要性が検討されるが,中等度の弁逆流であっても,他の弁膜疾患や冠動脈疾患,上行大動脈疾患などに対して手術が必要な場合には,同時に大動脈弁の手術も考慮されることがある.
高度大動脈弁逆流(心エコーでsevere AR)を呈する患者についてARの手術適応を決定する際に考慮すべき因子を列挙すると,臨床症状,左室機能
204),266),267)
,左室拡大
204),268)
,ARの定量評価,さらに年齢,他疾患の合併などである.ARの定量評価は心エコーによる逆流量(RVol)や有効逆流面積(ERO)の測定で行い,近年その有用性が報告されている
269)-271)
.
表32
に定性評価と併せて示す
271)
.本症の手術では,体外循環と心停止が必須であり,これらを安全に施行することが可能であり,術後数年以上の生存や症状改善による生活の質(QOL)の向上が期待できることが条件となるのはいうまでもない.
① 自覚症状の有無からみた手術適応とそのタイミング
従来,ARの手術適応については,手術のリスクおよび術後の代用弁および抗凝固療法に関連する合併症のリスクなどを考えて,臨床症状の有無が最も重要視されてきた.すなわち,臨床症状の出現あるいはその増悪を待って手術が行われるのが一般的であった.最近でもその考えを支持する報告がみられる
272)
.
ARに伴う臨床症状(NYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度)のある患者は,一般に手術適応である
197),200),272),273)
.ただし高度左室機能障害(LVEF< 25%)を呈する症例については,手術成績および術後の症状改善,生命予後も比較的不良といわれる
200),274),275)
.症状が曖昧ないし軽微(NYHA心機能分類Ⅱ度)の患者については,慎重に手術適応を検討する必要があり,症状の出現に大動脈弁逆流以外の因子が関与していないかを十分検討することが重要である.また運動負荷試験や一定期間の心エコー検査による観察も有用な情報を提供する.その結果,左室収縮機能の低下(LVEF< 50%)あるいは中等度以上の左室拡大(LVDs > 50~ 55 mm, またはLVDd> 70~75 mm)の進行などが認められた場合はその時点で手術適応が考慮される
197),207),268)
.一方,無症状(NYHA心機能分類Ⅰ度)の患者に対する手術適応については,これまで多々議論がなされてきた.一般に左室拡大が軽度で左室収縮機能も正常(LVEF> 50%)の場合には,ただちに手術適応とはされず,心エコー検査による経時的な評価が行われる.そして経時的な心エコー検査で,左室収縮機能の障害(LVEF< 50%)が認められた場合には,その時点でたとえ無症状であっても手術が考慮される
197)
.ただしLVEF> 50%であっても,高度の左室拡大(LVDs ≧ 55 mm,またはLVDd≧ 75 mm)が認められれば,後述のごとくその時点で手術適応が考慮される
197),276)
.症状の出現や日常活動の制限,運動耐容能の低下などが認められるようになれば,「症状出現」として,速やかに手術が勧められる.
②左室機能からみた手術適応とそのタイミング
ARでは,左室の代償機序により比較的長期にわたって無症状に経過し,前述のごとく左室機能特に収縮機能が低下し始めるのと並行して症状も出現すると一般的に考えられてきた.しかしながら,無症状あるいは症状の軽微な時期に,すでに不可逆的な心筋障害を来たしている症例が少なからずあり,その左室心筋障害例の手術成績が比較的不良であること
200),274),275)
,術前左室機能障害の術後改善性に限界があることが明らかにされ
277),278)
,より早期の手術が勧められるようになっている.すなわち,左室収縮機能障害の起こる以前に手術(AVR)を行うことが予後の改善,術後QOLの向上につながると考えられる.したがって,心エコー検査,核医学検査(心プール・シンチグラフィー),MRI などの非侵襲的検査にて測定した左室機能が軽度または中等度低下(LVEF0.25~ 0.49)を呈する患者は,症状の有無にかかわらず手術適応が考慮される
266),276)
.ただしNYHA心機能分類Ⅳ度の症例では術後左室機能回復に限界があり,年齢,術後QOL改善の可能性なども考慮して手術適応の可否が判断されるべきである.一方,先述のとおり左室機能障害が高度(LVEF< 0.25)の患者は,大半の症例で左室心筋は不可逆性変化を来たしており
274)
,手術直後または比較的早期に死亡することが多いと報告されている.しかし,このような症例でも内科治療単独よりも外科治療の生命予後が比較的良好である可能性がある
275)
.他方,無症状でかつ左室収縮機能が明らかな低下を示さずEFが正常値下限の場合には,複数回の測定や,心エコー以外の検査による測定を行いながら,運動耐容能や左室拡大の進行具合なども考慮して総合的に手術タイミングを決定するのが一般的である.
③左室拡大からみた手術適応とそのタイミング
左室拡大の程度は体格を考慮して判断することが望ましいが,その基準を体表面積に求めるか,身長,性差に求めるかは確立した合意はない.一般に,女性,肥満体格で左室拡大は過小評価されやすい.代償期にある慢性ARでは容量負荷により進行性に左室の拡大が続くが,左室全体としての収縮機能は長期間にわたって正常に維持され,臨床的にも無症状に経過する.病期が進み左室の拡大があるレベルを超えて高度になると,代償機転が破綻し収縮機能が低下し始める.最近では術後予後および左室機能の改善性または可逆性との関連で,術前の臨床症状よりも左室拡大の程度がより重要な独立した因子(predictor)であるとの報告が多くみられる.左室拡大の程度からみた手術タイミングについて要約すると以下の通りである.
(a)左室高度拡大(LVDs > 55 mm,またはLVDd> 75mm)では,症状の有無,LVEFの如何によらず手術適応である
197),200),207),273)
.
しかし,高度拡大でLVEF低下や症状が出現した場合は術後予後が不良であるため,拡大が高度となる前に手術することが勧められる.
(b)左室中等度拡大(LVDs 50 ~ 55mm,またはLVDd70 ~ 75mm)では,症状の出現進行があれば手術適応が考慮される
197),268)
.
また無症候で,LVEFが正常であっても,3~ 6か月毎に心エコー検査を実施し,運動耐容能の低下279)やLVEFの低下が認められれば手術適応とされる.
(c)左室軽度拡大(LVDs < 45~ 50 mm,またはLVDd< 60~ 70 mm)では,無症状で左室機能が正常に保たれている場合は,内科治療が奏功するため,
ただちに手術は勧められない.ただし,定期的に心エコーを実施し,症状が出現したり,LVEFが低下した場合や左室拡大が進行する場合は手術適応とされる.
④ 心エコー図による定量評価からみた手術適応とそのタイミング
最近では,自覚症状,左室機能,左室拡大,といった古典的な因子よりも,ARの定量評価によるRVolやERO,左室収縮末期容積指数(ESVI),が予後予測,手
術適応決定に有用との報告がある.心エコーによる定量評価上RVol≧ 60mL/beat,ERO≧ 0.30cm
2
の重度AR,左室収縮末期容積指数(ESVI)≧45mL/m
2
,に至ると遠隔期の生存率,心事故(心臓死,心不全,新規心房細動)回避率が低く,早期手術が推奨される
269),270)
.
⑤その他の因子と手術適応
(a)冠動脈疾患,上行大動脈疾患または他弁膜の手術が必要な場合は手術適応である.
(b)運動負荷試験で明らかな運動耐容能の低下がある場合
運動負荷試験は症状の疑わしい患者では有用な情報を提供する.ただし,運動負荷に対するLVEFの低下のみでは判定できない.
(c)急性か慢性か感染性心内膜炎,大動脈解離,外傷などによる急性大動脈弁逆流で,肺高血圧,肺うっ血,心室性不整脈,ショックなどを呈した場合には,
速やかに手術が施行されないと予後不良である.
表31 大動脈弁閉鎖不全症に対する手術の推奨
表32 大動脈弁閉鎖不全症の重症度分類 (文献271より引用)
LVOT:左室流出路
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