弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
クラスⅠ
1 明らかな臨床症状(NYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度)を
有する患者
クラスⅡa
1 冠動脈バイパス手術や上行大動脈に手術を行う患者
で,血行動態的に有意の異常を生じている連合弁膜
症の患者
2 軽微な臨床症状(NYHA心機能分類Ⅱ度)を有する
患者で,内科治療にもかかわらず,臨床症状の悪化,
運動耐容能の低下,運動負荷時の肺高血圧,心房細
動発作の出現,血栓塞栓症のエピソード,左房径の
拡大,弁口面積の経時的狭小化,左室機能低下,左
室拡大の進行,左房内血栓などを認める
3 無症状あるいは症状が曖昧な患者であっても,主た
る弁膜病変が単独で既に手術適応とされる基準を満
たしている場合
クラスⅢ
1 高度の精神・神経障害(痴呆,運動性麻痺)を伴う
高齢者症例
2 外科的治療の適応
(表36)
①病期,症状,年齢,合併症との関係

 従来,大動脈弁・僧帽弁の連合弁膜症の手術適応については,単弁疾患症例と同様に臨床症状の有無が最も重要視され,一般的にNYHA心機能分類でⅢ度以上とされてきた.そして,この基準に合う症例でも,まず強心薬・利尿剤を中心とした内科的治療が始められ,症状の改善があれば外科的治療はなるべく先送りする方向で進められてきた.しかし,ここ10年来,開心術の成績の向上・安定化が進むにつれて,臨床症状のみではなく,弁機能不全の程度や血行動態・肺循環動態の評価,さらに左室収縮機能の指標なども重視される傾向が強くなりつつある.

 連合弁膜症では両弁の機能不全が相乗的に血行動態に悪影響を及ぼすため,単弁疾患の場合に比べ,それぞれの弁機能不全の程度に比してより早期から重症の臨床症状が出現することが多い.すなわち,臨床症状が同じ程度の重症度(例えば,従来の見解による単弁疾患の手術適応時期とされてきたNYHA心機能分類Ⅲ度の場合)でも,大動脈弁,僧帽弁それぞれの弁機能不全の程度は単弁疾患のときよりも軽いことが多い.

 一般に,左室機能障害による血行動態の異常および左房圧上昇による肺鬱血,肺高血圧などが自覚症状に反映されることから,それぞれの弁病変自体の重症度よりも自覚症状を優先的に考えて,NYHA心機能分類Ⅲ度が連合弁膜症において手術適応を考慮すべき時期とされてきた.しかし,最近では手術成績の向上と相まって,より良好な遠隔予後,術後の生活の質(QOL)向上や心機能の回復を目指してNYHAⅡ度でも手術適応が考慮されるようになってきている.内科治療にもかかわらず,臨床症状の悪化や運動耐容能の低下に加えて,定期的な心エコー検査で左房径の拡大,弁口面積の経時的狭小化,運動負荷時の肺高血圧,左室収縮機能の低下,左室拡大の進行などが認められる場合には手術を行うことが勧められる.また,心房細動発作の出現,左房内血栓,血栓塞栓症のエピソードなども手術適応を考慮する指標となる.当然,冠動脈バイパス術や上行大動脈に対する手術を行う患者では,自覚症状の軽重にかかわらず,血行動態的に異常を来たしている原因となっている弁膜病変に対して手術適応が検討されるべきである.さらに,単弁疾患の場合と同様に,連合弁膜症においても自覚的に無症状あるいは症状の軽微な時期に既に不可逆的な心筋障害や肺循環動態の異常を来たしている例が少なからずあり,そのような症例の遠隔予後は比較的不良であること加味して,より早期の手術が勧められるようになってきている.

 高齢者の増加を社会的背景に,近年の開心術成績の向上,安定化により手術適応が拡大され高齢者に対する手術が増加傾向にある.しかし,年齢は手術リスクの大きな要素であり,75歳を境に術中,術後合併症による手術リスクが非高齢者の約2 倍と高くなることは十分考慮されるべきである.高齢者症例では術前に腎機能障害,老人性肺変化,肝硬変を含む肝機能異常,甲状腺機能低下,脳血管障害,全身的動脈硬化症などを伴っていることが多く,周術期に腎不全,呼吸不全,肝機能不全,脳梗塞・各臓器の塞栓症など種々の他臓器不全を合併する可能性が比較的高い.しかし,高年齢や術前合併症の存在は,手術の絶対的禁忌につながるものではなく,個々の症例で慎重に適応を判断するべきである.

②弁病態から見た手術適応

 連合弁膜症における大動脈弁,僧帽弁のそれぞれに対する手術適応は各々の単弁病変の場合の手術適応に準ずる.しかし,連合弁膜症では,大動脈弁,僧帽弁の両弁の機能不全が相乗効果的に血行動態を悪化させていることを十分考慮した上で判断されるべきである.

1)大動脈弁主病変の場合の僧帽弁に対する手術適応
 ARでの左室容量負荷やASでの左室圧負荷がMRを増強させることからSellers分類Ⅳ度のMRを手術適応と考えることが多く,高度ASと高度MRがあり肺高血圧
を示す場合には大動脈弁手術と同時に僧帽弁手術も適応になる.しかし,MRがⅢ度以下の場合には,大動脈弁手術でMR程度が著明に改善されることがある.術前の経胸壁あるいは経食道心エコー検査により,僧帽弁の病態および形態的異常を正確に評価することが重要である.大動脈弁病変の左室負荷による機能的MRでは,僧帽弁の形態的異常は軽度か,あるいはほとんど認められないために僧帽弁に対する手術は不要である.形態的に明らかな僧帽弁の弁輪拡大(dilated annulus),弁尖の逸脱(leaflet prolapse), あるいは弁尖の可動性制限(restricted leaflet motion)などが認められる場合は,僧帽弁に対しても手術が必要である.軽度のMRは手術不要として放置可能な場合が多いのに対し,軽度のMSは容易に交連切開が可能である.

2)僧帽弁主病変の場合の大動脈弁に対する手術適応
 MR,MSのいずれの僧帽弁病変の場合でも,従病変としての大動脈弁病変は過小評価されることが多い.特にMSの場合には心拍出量は低下して,左室充満が制限されるとともに大動脈弁通過血流量が減少するためAS時の弁圧較差やARでの逆流量も少なくなる316).ARでは中等度逆流(Sellers分類Ⅱ 度),ASでは圧較差30mmHgから手術適応が考慮される.
表36 連合弁膜症に対する手術の推奨
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Ⅳ 連合弁膜症 > 2 連合弁膜症に対する手術適応,術式とその選択 > 2 外科的治療の適応(表36)