弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
軽度中等度高度
定性評価法
左室造影グレード分類1+ 2+ 3~4+
カラードプラジェット面積<4cm2または
左房面積の20%未満
左房面積の40%以上
Vena contracta width <0.3cm 0.3~0.69cm ≧0.7cm
定量評価法
逆流量(/beat) <30mL 30~59mL ≧60mL
逆流率<30% 30~49% ≧50%
有効逆流弁口面積<0.2cm2 0.2~0.39cm2 ≧0.4cm2
その他の要素
左房サイズ拡大
左室サイズ拡大
クラスⅠ
1 MRが疑われる患者の診断,重症度評価,心機能評価,
血行動態評価
2 MRの発生機序の解明
3 無症候性の中等度・高度MRにおける心機能,血行
動態の定期的フォローアップ
4 症状に変化のあったMRの重症度評価,血行動態評価
クラスⅡa
1 無症候性高度MRの運動耐用量や運動時肺高血圧診
断のための負荷心エコー図検査
クラスⅢ
1 心拡大がなく心機能も正常の軽度MRの定期的フォ
口ーアップ
一次性
  僧帽弁逸脱
    原発性/腱索断裂/Barlow/Fibroelastic Deficiency/
   Straight Back症候群/漏斗胸
   家族性/Marfan症候群/Ehlers-Danlos 症候群/心房中
   隔欠損症/甲状腺機能亢進症
  リウマチ性
  感染性心内膜炎
二次性(テザリング)
  心筋梗塞/拡張型心筋症/大動脈弁閉鎖不全症
その他(機序が確立されていない)
  肥大型心筋症/アミ口イドーシス
クラスⅠ
1 高度MRが疑われるにもかかわらず経胸壁心エコー
法で十分な情報の得られなかったMRの重症度評
価,病因解析
2  形成術の際の術式指示,成否判定のための術前・術
中エコー
クラスⅡa
1 手術を考慮する無症候性高度MRでの形成術成否判
定のための術前検査
クラスⅢ
1  MRのルーチン検査
クラスⅠ
1 聴診で僧帽弁逸脱症が疑われた患者での診断と重症
度評価
2 病状の変化した僧帽弁逸脱症における重症度評価
3 形成術術前評価として逸脱弁尖の検索
クラスⅡa
1 有意の逆流を伴う僧帽弁逸脱症で病状が安定してい
る例における定期的フォローアップ
クラスⅢ
1 有意の逆流を伴わない僧帽弁逸脱症で病状が安定し
ている例における定期的フォローアップ
①病因

 収縮期の僧帽弁閉鎖には,弁輪,弁尖,腱索,乳頭筋,左房,左室機能など種々の因子が影響を与えている.したがって何らかの理由によりこれらのい
ずれかが異常を来たすとMR につながる事態となり得る.MSの場合にはほとんどがリウマチ性であるが,MRの場合には弁尖・腱索の一次性病変(逸脱・
腱索断裂・リウマチ性など)によるものと左室拡大からの乳頭筋の外方移動や弁輪拡大による二次性逆流があり,機能性・虚血性MRと呼ばれる(表6)

②病態

 一次性MRの基本病態はMRによる左室の容量負荷,左室後負荷の減少,左房圧の上昇であるが,実際には急性MRと慢性MRに分けて考える方がよ
い.急性のMRは左室に急激な容量負荷がかかるが,左房左室はこの負荷を代償性拡大で受け止める余裕がないため,肺鬱血と低心拍出量状態を生じ,
時にショック状態に陥る.一方,慢性MRの場合には左室左房が拡大することにより容量負荷を代償し,肺鬱血も来たさないことからしばらく無症状で経過す
る.また低圧系の左房に逆流血流を駆出することにより左室にとっての後負荷は低い状態で経過し左室駆出率(LVEF)も正常以上に保たれる.しかし長年
の経過を経て代償機構が破綻すると左室がますます拡大し, 肺鬱血も出現しまたLVEFも低下してくる.LVEFが正常下限にまで低下したときは既に心筋
機能障害が進行していると考えてよい12).二次性(機能性・虚血性)MRは,心筋梗塞や拡張型心筋症に伴い左室が拡大し,これにより乳頭筋が外方へ移
動し弁輪も拡大し,弁尖の可動性・閉鎖が阻害(テザリング)され出現する13).したがって二次性MRは弁疾患であるが本質は左心室疾患である.

③自然歴

 MRの自然歴は病因によって異なる.例えば僧帽弁逸脱症候群の予後は一般に良好とされている14).しかしflail leafletと呼ばれる高度の逆流を伴うもの
では10年間の経過観察中に約90%が手術を受けたかもしくは死亡したとの報告もある15).また,リウマチ性のMRでも逆流の程度が中等度までであれば長
期間無症状で経過するといわれている.もちろん症状があるか,または左室機能障害がある例では予後は悪く,内科的治療の5年生存率は約50%とされて
いる16).二次性MRは心室機能低下に合併し,軽度のMRであっても予後を悪化させる17)

④診断

1)症状
 急性重症MRはほとんどの場合,強い息切れと呼吸困難を訴える.時に起坐呼吸となりまたショック状態となる.一方,慢性MRの場合には初期は症状を
欠くが,病状の進行に伴って肺鬱血および低心拍出量に基づく労作時呼吸困難,動悸,息切れ,易疲労感等を訴えるようになる.重症になると発作性夜間
呼吸困難や起坐呼吸を呈する.時に心房細動が発生しそれに伴って急速に呼吸困難を呈する場合もある.

2)身体所見
 聴診ではⅠ音減弱,心尖部収縮期雑音,Ⅲ音を聴取する.二次性MRでは雑音はしばしば聴取されない.胸部レントゲン写真では左室,左房の拡大に伴
う心陰影の拡大(左4 弓,3弓突出)を認め,重症例では肺鬱血像を認める.心電図では左房負荷,左室肥大の所見を認める.時に心房性不整脈や心房細
動を認める.

3)心エコー検査(表7)
 MRの診断,重症度評価(表8)に必須である.断層エコー法で左室,左房の拡大程度,壁運動,LVEF,左室の代償性壁肥厚程度を評価する.カラードプ
ラ法を利用することにより逆流程度の評価のみならず,逆流の発生部位,また断層法と併用することにより僧帽弁逸脱症,リウマチ性,感染性心内膜炎後・
二次性などの逆流の病因を推定することができる.例えば僧帽弁逸脱症では前尖または後尖または両尖が収縮期に弁輪線を越えて左房側にずれ込むこと
から診断をつけることができ,二次性(機能性・虚血性)の場合には逆に弁尖の閉鎖が不十分となり弁尖閉鎖位置は左室心尖方向へ偏位する.重症例では
肺静脈圧の上昇を介して右心系にも負荷を及ぼし,右心系の拡大と三尖弁逆流を認めることがある.その場合には三尖弁逆流に連続波ドプラ法を適用する
ことにより右室圧を推定することができる.

*僧帽弁逸脱症の術前精査としての心エコー検査の意義(表9):僧帽弁逸脱症で手術治療を考える際には,心エコー法は逸脱の診断をつけるのみな
らずその重症度評価を行い,さらに術式の決定までの役割を担う必須の検査と言えよう.

 断層エコー法では左室長軸断層像で探触子を内側から外側にくまなく振り分けることにより逸脱の部位を同定する.さらに短軸像で逸脱に応じたハンモッ
ク様エコーを認めることにより部位確認を行う.一方,カラードプラ法では逸脱に伴う僧帽弁逆流の出現部位,程度を評価する.逆流ジェットは逸脱部位と逆
方向に吹き付ける.すなわち前尖の逸脱であれば左房後壁へ,後尖の逸脱であれば左房前壁へ吹く.また内側の逸脱であれば外側へ,外側の逸脱であ
れば内側へ吹き付ける.このように逆流ジェットはしばしば偏位し,かつ壁に沿って吹いており,一断面で逆流ジェットの全貌をとらえることは困難なことが多
い.多断面からの評価を行って逆流を過少評価しないようにする.左室側の吸い込み血流が明瞭に認められれば逆流は中等度以上と考えてよい.上記の
ごとく断層エコー法(長軸,短軸),カラードプラ法を駆使し,どこの弁尖が,どのぐらいの範囲で逸脱を起こしており,逆流はどの程度かを評価する.それに
よって外科治療の際の難易度もある程度予測することができる.

4)経食道心エコー検査(表10)
 経胸壁法で十分評価できないときに適応となる.心房細動例で血栓塞栓症の既往があり心房内血栓の有無を確認したいとき,弁形成術の術前や術中評
価,感染性心内膜炎では必須と言える.

5)心臓カテーテル検査
 肺動脈圧を中心とした血行動態評価,冠動脈,左室機能に関する情報等が得られる.肺動脈楔入圧のv波が顕著な場合は高度のMRの存在を示唆する
が例外もある.左室造影によってMRの重症度を評価する.しかしながら,これらのほとんどは心エコー検査で推定することができるため,MSと同様,最近は
本疾患における心臓カテーテル検査の意義は減少しつつある.むしろ弁形成術を前提とした評価で術式を決定する際には心臓カテーテル検査よりも心エ
コー法の方が情報量が多い.
2 僧帽弁閉鎖不全症(MR)
 
表6 僧帽弁閉鎖不全症の原因疾患
表7 僧帽弁閉鎖不全症における経胸壁心エコー検査の適用
表8 僧帽弁逆流の重症度評価1)
表9 僧帽弁逸脱症に対する心エコー検査の適用
表10 僧帽弁閉鎖不全症における経食道心エコー検査の適用
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Ⅰ 僧帽弁疾患 > 1 僧帽弁疾患における術前診断と評価 > 2 僧帽弁閉鎖不全症(MR)