弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
中高度MR
症 状
腱索温存
NYHA Ⅲ or Ⅳ
EF>0.30
And/or
Ds<55mm
EF>0.30
内科治療
不成功僧帽弁形成術または
腱索温存MVR
CRT 含む内科的治療
および6か月毎臨床
評価
中等度MR
EF>0.30
高度MR
EF>0.30
高度MR
EF<0.30
EF<0.30
EF<0.30
And/or
Ds>55mm
CABG 適応


無有

クラスⅠ
クラスⅡb
クラスⅡb
クラスⅡa
高度MR
症 状
EF>0.60
and
Ds<40mm
EF≦0.60
and/or
Ds≧40mm
弁形成術
または
弁置換術
EF>0.30
and/or
Ds≦55mm
EF<0.30
and/or
Ds>55mm
新たな心房細動
肺高血圧症
弁形成術の可能性
6 か月毎に
臨床評価
弁形成術






クラスⅠ クラスⅠ
クラスⅡa クラスⅡa
クラスⅠ
1 僧帽弁逸脱症(後尖)
2 感染性心内膜炎の非活動期
クラスⅡa
1 僧帽弁逸脱症(前尖)
2 感染性心内膜炎の活動期で感染巣が限局しているもの
3 虚血性MR・機能性MRでテザリングが強くないもの
クラスⅡb
1 感染性心内膜炎の活動期で感染巣が広範囲に及ぶもの
2 リウマチ性MR
3 虚血性MRでデザリングが強いもの
4 機能性MRでテザリングが強いもの
クラスⅠ
1 高度の急性MRによる症候性患者に対する手術
2 NYHA心機能分類Ⅱ度以上の症状を有する,高度な
左室機能低下を伴わない慢性高度MRの患者に対す
る手術
3 軽度~中等度の左室機能低下を伴う慢性高度MRの
無症候性患者に対する手術
4 手術を必要とする慢性の高度MRを有する患者の多
数には,弁置換術より弁形成術が推奨され,患者は
弁形成衡の経験が豊富な施設へ紹介されるべきであ
ること
クラスⅡa
1 左室機能低下がなく無症状の慢性高度MR患者にお
いて,MRを残すことなく90%以上弁形成術が可能
である場合の経験豊富な施設における弁形成術
2 左室機能が保持されている慢性の高度MRで,心房
細動が新たに出現した無症候性の患者に対する手術
3 左室機能が保持されている慢性の高度MRで,肺高
血圧症を伴う無症候性の患者に対する手術
4 高度の左室機能低下とNYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度の
症状を有する,器質性の弁病変による慢性の高度
MR患者で,弁形成術の可能性が高い場合の手術
クラスⅡb
1 心臓再同期療法(CRT)を含む適切な治療にもかか
わらずNYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度にとどまる,高度
の左室機能低下に続発した慢性の高度二次性MR患
者に対する弁形成術
クラスⅢ
1 左室機能が保持された無症候性のMR患者で,弁形
成術の可能性がかなり疑わしい場合の手術
2 軽度~中等度のMRを有する患者に対する単独僧帽
弁手術
3 術式の選択と適応基準(
図3,4,表17,18
) 
①左室機能と症状からみた手術適応

1)左室機能正常で無症候性の患者
 以前から言及されているように,正常左室機能で無症状の患者にも,左室のサイズや機能を温存し MR の合併症を避ける目的で弁形成術が考慮される60).すべての患者にこのようなアプローチが推奨できる無作為試験はないが,弁形成術の可能性が高い施設にはこのような傾向がみられる.

 自然予後に関する研究は一様に,正常左室機能を有する高度MRで無症状患者が6~ 10年を超えると,症状が出現したり左室機能低下を来たして手術適応になるとしている15),61)-63).最近の二つの研究もまた,正常左室機能,無症状で高度MRの患者の突然死のリスクを強調している60),63).MRをドプラ心エコー法で長期に追跡した論文は, 有効逆流弁口面積(Effective Regurgitation,Orifice)が40 mm2以上の患者は4% /年の心臓死のリスクがあると述べている60)

 ただし,高度MR,正常左室機能で無症状の患者に対するこれらを根拠にした弁形成術も,その成功率が90%以上ある外科チームにおいてのみ考慮されるべきである.

2)左室機能が正常で症状を有するMR 患者

 心エコー法により評価した左室機能が正常(LVEF≧60%,LVDs < 40mm)であるが,心不全症状を有する患者では速やかに手術を行うことが推奨される.この場合,弁の形成術が可能であれば心機能を維持し,MVRに伴う合併症や機械弁の場合の抗凝固療法を回避することができる.特に弁置換術よりも弁形成術が行われることが明らかであるなら,軽度の有症状患者でも手術をすべきである.

3)左室機能不全がある無症候性あるいは症候性の患者
 MRによる左室の機能不全が進行するに従い,手術の危険と術後遠隔期の生存率が悪化する.手術後には高度MRによる後負荷の軽減がなくなるため,LVEFが術前の値よりさらに低下する可能性が高いことも考慮されるべきである.したがって高度の心機能不全が進行する前に手術を施行するのが原則である.左室の機能不全が進行し始めた患者(LVEF< 60 %, またはLVDs ≧40mm)では,症状の有無にかかわらず手術を施行するべきであるという点でほぼ意見が一致している.心機能が良好に保たれている時期に手術を行う方が遠隔期の生存率がよいことが示されてきており48),心機能を可能な限り維持する手術が望まれる.この観点から弁形成術が最も望ましい手術である.

 一方,高度の心不全が進行したMR症例に対して手術が可能かどうかを判断するのは難しい.手術可能な症例は一般的にLVEFが30%以上を維持している症例である.低下した心機能を可及的に温存するためには僧帽弁形成術が有利であることは明らかである.

 原発性の心筋症に二次性MRが合併している症例と,MRに高度左室機能不全が続発した症例とは鑑別が困難であることが多い.後者においては,弁形成術が可能であるなら手術を考慮すべきである.このような患者では左室機能不全が持続するが,症状を改善し,左室機能障害の進行を防止できる可能性がある61).もし弁置換術を要するとしても,腱索を温存が可能な限りにおいてこれを行うべきである(図4)

 原発性心筋疾患の一部に合併する高度の機能性MRでは,resynchronization therapy64)-67)を含む積極的内科治療との間で無作為試験は行われていないものの,undersized ringによる僧帽弁輪形成術は有益であるかもしれない68)-73)

②慢性の心房細動かその既往を有する場合

 心房細動はMR患者に合併することが多い不整脈である.僧帽弁手術の術前に慢性の心房細動が存在することは手術後の遠隔期の生存率の低下を予測する因子であり48),52),74)-76),心房細動の発生前に手術を行うことが望ましい.また,心房細動は左房内に血栓を形成し血栓塞栓症を引き起こすことがあり,抗凝固療法の適応となる.その意味では,弁形成術の利点が一部失われることになる.僧帽弁手術後に術前の慢性心房細動が洞調律に復帰するかどうかを予測する因子は,左房径(50mm未満)と術前の慢性心房細動持続期間である48),77).術前の慢性心房細動持続期間が3 か月以内の症例では全例洞調律に復帰したとの報告もある57).したがって多くの臨床医は,もし弁形成術が高い確率で可能であるなら,心房細動の新たな出現を手術適応と考えるであろう57),78)

③病因からみた手術適応

1)僧帽弁逸脱症
 僧帽弁逆流で手術適応となり外科に紹介される患者の80~ 90%は弁尖や腱索の変性に因る逸脱症である.弁逸脱による僧帽弁逆流は弁形成術のよい適応と考えられているが,逸脱部位によって形成術の手術手技や遠隔成績が異なるとされてきたが79)-82),人工腱索による腱索再建術を多用することにより優れた遠隔成績が得られるようになってきている.交連領域を含む後尖逸脱は弁形成術の最もよい適応であり,逸脱症例の過半数を占める.後尖逸脱に対する形成術は標準的な矩形・三角切除あるいは逸脱部分の小範囲切除と人工腱索による腱索再建術を組み合わせる方法83),あるいは小開胸手術で多用されるループテクニックといわれる人工腱索による形成術も報告されている84).いずれも良好な接合面を作成した後に人工弁輪による弁輪形成術により再現性の高い手術成績が得られている.一方,前尖逸脱や両弁尖の逸脱症例は1980年代では弁形成術の適応が限られていたが,人工腱索による腱索再建術の普及により形成術の対象となり優れた遠隔成績も報告され,後尖逸脱と同様の遠隔成績としている報告も多い85)-88).弁逸脱は心エコー図検査の進歩により容易に診断ができるので,これに対する手術手技に関しても手術前から十分に議論できる環境となってきた.弁形成術の達成率と遠隔期を含む手術成績は施設間や外科医によって異なるが,形成術の成績がよい施設では弁逸脱による僧帽弁逆流に対する手術適応の時期が早まる傾向にある.

2)弁輪石灰化
 高齢者あるいは透析患者で僧帽弁手術の機会が増えている89),90).弁輪の石灰化は外科治療である弁形成術あるいは人工弁置換術いずれに関しても大きな障害であり,歴史的に様々な手術が考案されてきた.チーズ様の弁輪石灰化とカルシウムバーとなっている著明な石灰化がありCarpentierらは石灰化の範囲によってタイプ別に分類している91).チーズ様の弁輪石灰化では比較的軟らかい内容を丁寧に除去して石灰化を覆っている線維組織の直接縫合あるいは左房内壁,心膜による弁輪再建が行われる.一方,カルシウムバーの場合は左房内壁側からカルシウムバーに向かって切開線を入れて鋭的にカルシウムバーをen-blockに摘出することが推奨されている.弁輪再建は剥離した左房内壁と左室内壁の線維組織の縫合,あるいは心膜による弁輪再建が望ましい91)-94).人工弁置換手術では縫着輪にカラーをつけて石灰化弁輪による弁周囲逆流の回避に対応している報告もある95)-97)

3)感染性心内膜炎
 僧帽弁の感染性心内膜炎の内科治療中および治療後のMR に対する弁手術としてはやはり可能である限り僧帽弁の形成術が推奨される98).一方,感染が完全に収まっていない活動期の場合でも感染巣を完全に切除できる場合には僧帽弁の形成術が可能であるとされている98),99).しかし感染巣の残存が危惧される場合には弁を完全に切除してMVRを行うことが活動期感染性心内膜炎を治療する上で必要である(感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)参照).

4)リウマチ性MR
 リウマチ性MRでは僧帽弁の肥厚,石灰化を来たし,しばしば弁輪にも石灰化が及ぶ.さらに弁下組織の肥厚,癒合,短縮をも合併することが多く,僧帽弁の形成術を行うことが困難である.また僧帽弁の形成術が成功した場合でも遠隔期に再手術が必要となる症例が多いことが知られている100),101).したがって,一般にリウマチ性のMRに対してはMVRが行われる.この場合でも乳頭筋と弁輪との連続性を維持する術式の方が左室機能を温存できるため有利である.

5)虚血性MR
 虚血性MRは急性心筋梗塞による左室機能不全がそのベースにある.したがって,虚血性MRの患者の予後は,一般に他の原因によるMR患者より手術成績,遠隔期の生存率ともに不良なことが報告されている102),103).虚血性MRは急性心筋梗塞による機械的合併症としての乳頭筋断裂,慢性期での左室リモデリングより僧帽弁がテザリングを来たして弁逆流を生じるものに代表される.

 急性期の機械的合併症としての僧帽弁逆流は,しばしば低血圧や肺水腫を引き起こす.また心原性ショックの患者の6~ 7%に見られる104).弁形成術か弁置換術のいずれであっても,緊急手術の対象である105).外科治療は積極的な内科治療によっても改善が見られない場合に考慮されるべきで,普通はCABGに加えて弁手術が行われる.一方,左室のリモデリングにより生ずるMRは僧帽弁が正常であるためにfunctional mitral regurgitationと言われ,左室への前負荷あるいは後負荷により逆流の程度は変化する.慢性の虚血性MRの発生は,局所的な左室リモデリングによる乳頭筋の外側─後方向への変位によって生じ,大幅なvalvular tentingの形成と弁輪拡大を来たす13),106)-112). 

  CABGを施行する患者に合併する軽度ないし中等度のMRの手術適応については未だ明らかでないが,このような患者に対する弁形成術の有用性を示唆する報告がある113)-116).MRを有する虚血性心疾患患者の予後は,MRがない患者より不良であることも報告されている17),117)-119).血行再建によって消失する可能性があるような一過性の虚血による有意のMRにおいては118),120),単独CABGでも左室機能を改善することでこのMRを軽減することができる可能性がある.しかしながら通常はCABGだけでは不十分で,多くの患者では有意のMRが残存する.このような患者には,CABGと同時に行う弁形成術が有益であろう109),113)-116),121)-128).サイズダウンしたannuloplasty ringを用いた単独弁輪形成術が,MRの改善にしばしば有効である125)-127).最近では,valvular tentingに対する直接的な手技がいくつか考案され,その有効性が報告されている.僧帽弁前尖の二次腱索切断術129),前尖と後尖を中央で縫合するedge-to-edge repair 130),乳頭筋間を短縮するpapillary muscle sling131)あるいは接合,吊り上げなどである.いずれにしても,虚血性MRの最善の手術法については未だ議論のあるところであるが132),133),テザリング化が高度な場合を除けばannuloplasty ringによる弁形成術が多くの場合最もよいアプローチである115),116),121)-123),125)-128),134)-136).テザリングの高さが10mmを超える場合は遠隔期MR再発の危険因子であるため弁下組織を温存した弁置換術もその解決方法である137).弁形成術と同等の遠隔成績も報告されている138),139)

④高齢者における手術適応の配慮
 高齢者のMR患者に対する僧帽弁手術は年齢が上がるとともにその手術死亡率が上昇し,遠隔期生存率は低下する.特に75歳を超える患者ではMVRだけでなく,弁形成術においても手術死亡率は75歳以下に比較して有意に上昇する140),141).したがって無症状あるいは軽い症状の高齢者MR 患者に手術を勧めるかどうかは難しい問題である.高齢者に手術を進める場合には弁形成と弁置換の別を問わず自覚症状のあることが重要な因子であり,自覚症状が乏しいMR患者の場合には内科治療のほうが適している場合が多い.
 
 
 
図3 高度MRにおける治療方針(器質性MRの場合)
図4 中高度MRにおける治療方針(機能性MRの場合)
表17 僧帽弁閉鎖不全症に対する手術適応と手術法の推奨
表18 僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術の推奨
左室機能(LVEFまたはLVDs による)
 正常:LVEF≧60%,LVDs <40mm
 軽度低下:LVEF 50 ~60%,LVDs 40 ~50mm
 中等度低下:LVEF30 ~ 50%,LVDs 50 ~ 55mm
 高度低下:LVEF< 30%,LVDs > 55mm
肺高血圧症
  収縮期肺動脈圧>50mmHg(安静時)または> 60mmHg(運
   動時)
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