弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
5 術中経食道心エコー図法
クラスⅠ
 弁形成手術における術中経食道心エコー図検査
クラスⅡ a
 弁膜症手術における術中経食道心エコー図検査

 現在,心臓血管手術において術中経食道心エコー図法は広く用いられている.弁膜症術前に経食道心エコー図法(transesophageal echocardiography: TEE)を施
行するのは,経胸壁心エコー図の画質不良例,左房内血栓が疑われる場合,人工弁不全が疑われる場合,感染性心内膜炎が疑われる場合において必須であるが150),そのような病態以外でも多くの施設で弁膜症術前にTEEを行い,詳細な病態を把握し手術計画に用いている.術前にTEEを施行していない場合は,体外循環を回す前に経胸壁心エコー図法のみではわからない付加的情報を術中TEEにて収集するよう努める.

 心臓血管外科手術における術中経食道心エコー図検査の一般的な役割として,送血管を入れる上行大動脈の性状,左室壁運動異常の有無,体外循環離脱前の残存空気,左房内血栓の有無,脱血管や大動脈バルーンパンピングをはじめとする管の位置などの確認を行う.新たな壁運動異常を認めた場合は,冠動脈を描出し血流の確認を試みる151).弁膜症手術において評価が必要な項目として,人工弁手術では人工弁機能異常,弁周囲逆流の有無を,弁形成術では,弁逆流の有無と逆流メカニズムの診断,弁狭窄の有無を観察する.

 術中経食道心エコー図法の合併症は稀であるが,食道穿孔,咽頭穿孔,上部消化管出血などが報告されている152).そのため明確な禁忌ではないものの,食道手術後,胸部の放射線照射後,食道静脈瘤などにおいては慎重に適応を考慮する.術中経食道心エコー図法が施行できない場合,もしくは施設によっては,経胸壁心エコー図のプローブを滅菌,もしくは滅菌カバーをかけて術野から直接心臓や大血管を観察方法も有用である153),154)

 三次元経食道心エコー図法は,特に僧帽弁の描出に優れている.左房から観察した,いわゆるsurgeon’s viewを描出することにより,リアルタイムに外科医と同じ視
点で観察が可能であり,僧帽弁疾患の病変の広がりを把握しやすくなった.現在では通常の経食道心エコー図法の付加的情報として利用されている.

僧帽弁形成術における術中経食道心エコー図法の役割
 僧帽弁逆流症に対する手術法として,僧帽弁形成術が広く行われるようになった.僧帽弁形成術を成功させるうえで,術中経食道心エコー図法はなくてはならない検
査である.

 僧帽弁形成術施行後,体外循環を再開させた状態で僧帽弁逆流を評価する.この時点で僧帽弁逆流が軽度以上残存する場合,慢性期にはそれ以上の僧帽弁逆流が残存する可能性があるため155)-157),second pump runを行う.逆流の原因が僧帽弁逸脱など明らかであれば再形成術を行うが,逆流の原因が明らかではない,もしくは弁尖自体の異常で形成術が困難と判断されれば,僧帽弁置換術への術式変更を検討する.

 形成術後の残存僧帽弁逆流判断の際に注意すべきこととして,僧帽弁収縮期前方運動(SAM; systolic anterior motion)に伴う僧帽弁逆流が挙げられる.SAMの発生要因として僧帽弁の接合が心室中隔に近い,S状中隔の存在などがある158),159).僧帽弁自体の動きだけではなく,左室流出路の加速血流に注目して判断する.SAMによる僧帽弁逆流と判断されれば,カテコラミンの減量や中止,輸液負荷を行ってSAMの軽快に伴って僧帽弁逆流が軽減するか観察する.SAMの解除が困難であれば,僧帽弁置換術への変更や,後尖の高さを減じるなどの形成を追加して行う160)

 機能性僧帽弁逆流の場合,全身麻酔によって負荷が軽減されると,僧帽弁逆流の程度は軽くなる161),162).そのため,カテコラミンを用いての血圧上昇,輸液にて前負荷を増やすなど,なるべく覚醒下に近い状況で判断する努力が必要である.
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