弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
1 ICG15分停滞率≧25%
2 Child分類B・C群
3 血清コリンエステラーゼ≦2000IU/L
4 血清総ビリルビン値≧2mg/dL かつプロトロンビン時間
≦49%
5 肝機能障害合併例
(表44)
①術前肝予備能評価

 重症化した連合弁膜症においては,心機能の低下や三尖弁閉鎖不全の合併による中心静脈圧の上昇から肝うっ血を呈することが多い443),444).肝機能障害が三尖弁閉鎖不全に起因する場合,外科的治療により可逆的に正常化することが期待できる.しかし,既に不可逆的な肝障害に陥っている症例やウイルス性肝炎に代表される非心原性肝障害を合併する症例では,開心術に伴う手術侵襲が致死的な肝不全を招く場合があり手術適応を決定するに際しては慎重な検討を要する.すなわち,肝障害を有する弁膜症例においては術前検査により,(a)肝障害が心原性か非心原性か,(b)肝障害が可逆的か不可逆的か,(c)不可逆的な場合,残存肝機能はどの程度か,把握することが極めて重要である.

 肝機能は,肝臓の構成からは肝細胞機能(肝細胞増殖因子,など),肝類洞機能445)(ヒアルロン酸,など),網内系機能445)(インターロイキン6,など)からなり,
またその作用からは,エネルギー・糖代謝機能,蛋白・アミノ酸合成代謝機能(肝アシアロシンチグラム,など),解毒・メディエーター産生機能などに分類される.従来
からの一般生化学検査や止血検査,ICG試験,などからみた指標に加えて,近年では残存肝機能や予備能を把握するためにこれらの各種肝機能を評価する検査法が導入されている.

②術前管理

 術前の患者管理は,基本的に肝障害を有する患者の他の外科手術における管理に準じる.ワーファリン投与患者における術前止血能のコントロール,高カロリー・高
蛋白食による栄養管理,非吸収性抗生物質やラクツロースの投与による腸内清掃,腹水合併例に対する利尿剤の投与や塩分制限,高度肝機能障害例に対する新鮮凍結血漿の投与,などが有用とされている.

③術中管理・体外循環管理

 術中の体外循環においては,十分な肝灌流を維持しつつ肝代謝障害を防止する手段を講じなければならない.三尖弁閉鎖不全の確実な修復,出血量の軽減や体外循環時間の短縮をはじめ,吸引脱血システム併用体外循環による低中心静脈圧と高灌流量(灌流指数> 2.4)の維持446),常温体外循環による肝内代謝低下の予防,現存する肝障害に起因した排泄・解毒障害に対する早急な限外濾過,などが有用とされている.

④術後管理

 過度の脱水に伴う腎不全,循環不全の発生に留意しつつ,術中管理同様,中心静脈圧を可及的低値にコントロールすることが肝要である.他,低アルブミン血症,
高血糖,高アンモニア血症に対する治療も必要である.

⑤手術成績と手術適応

 ICG排泄試験は,肝内シャントの影響を受けるが,一般に慢性肝炎から肝硬変への進展の指標の一つとして15分停滞率25%以上が指摘されている(日本肝臓学会:慢性肝炎診療のためのガイドライン).肝機能障害例に対する開心術の手術成績の検討では,Child分類447)C群の手術,術前コリンエステラーゼ2000IU/L以下448),総ビリルビン値2mg/dL以上かつプロトロンビン時間49%以下の症例449)では手術成績は不良と報告されている(表44).また,Child分類B群において手術死亡が50%に達している報告では,手術成績に関与する因子として人工心肺時間との関連性が示唆されており450),手術成績の向上には手術侵襲の軽減が不可欠と考えられる.Mayo clinicはweb上で肝硬変合併患者の術後リスクを算出するページを公開している(http://www.mayoclinic. org/meld/mayomodel9.html).血清クレアチニン値と原疾患をリスクに加味したMELDスコア(R= 9.6×loge(クレアチニンmg/dL)+3.8× loge( ビリルビンmg/dL)+11.20× loge(PT-INR)+0.64×(アルコール性肝疾患または胆汁うっ滞性肝疾患ではx0,他のすべての肝疾患ではx1)451).13点以上452)は開心術のハイリスクである.また,人工弁の選択に際しては,消化性潰瘍病変,食道静脈瘤を合併している,あるいは将来合併する可能性があれば生体弁の選択が望ましいと考えられる(Ⅴ-6“生体弁の適応と選択”を参照).
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表44 開心術に際して注意を要する肝機能障害
Ⅴ その他 > 4 他臓器障害(危険因子)を有する弁膜症患者の手術 > 5 肝機能障害合併例(表44)