弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
1 標準的投与:
(1) 成人:アンピシリン2gのIM or IVとゲンタマイシ
ン1.5mg/kg(≦120mg)を処置前30分以内に併用,
その6時間後にアンピシリン1gのIM or IV,または
アモキシシリン1gのPO
(2) 小児:アンピシリン50mg/kgのIM or IV(≦2g)
とゲンタマイシン1.5mg/kgを処置前30分以内に併
用,その6時間後にアンピシリン25mg/kgのIM or
IV,またはアモキシシリン25mg/kg経口投与
2 アンピシリン/アモキシシリンのアレルギー例
(1) 成人:バンコマイシン1gのIV(1~2時間かけて)
とゲンタマイシン1.5mg/kg(≦120mg)のIM or
IV を処置開始前30分以内に終了
(2) 小児:バンコマイシン20mg/kgのIV(1~2時間
かけて)とゲンタマイシン1.5mg/kg(≦120mg)
IM or IVを処置開始前30分以内に終了
対 象抗生剤分 量投 与投与時期
1 標準的投与アモキシシリン成人2g,小児50mg/kg PO 処置1時間前
2 経口投与不能例アンピシリン成人2g,小児50mg/kg IV or IM 処置30分前
3 ペニシリンアレルギー例クリンダマイシン成人600mg,小児20mg/kg PO 処置1時間前
セファレキシン成人2g,小児50mg/kg PO 処置1時間前
セファドロキシル成人2g,小児50mg/kg PO 処置1時間前
クラリスロマイシン成人500mg,小児15mg/kg PO 処置1時間前
4 ペニシリンアレルギー+ クリンダマイシン成人600mg,小児20mg/kg IV 処置30分以内
   経口投与不能例セファゾリン成人1g,小児25mg/kg IV or IM 処置30分以内
クラスⅠ
1 歯科処置
  ワーファリンならびに抗血小板剤は中止しない.
2 外科手術
  ワーファリンを手術72時間前までには中止し,
INR2.0以下の期間はaPTT が55~70秒となるよう
にヘパリンの持続投与を行う.ヘパリンの投与は術
前4~6時間前に中止する.手術はINRが1.5以下
になっていることを確認して施行する.術後,活動
性出血がないことが確認され次第ヘパリンの持続投
与を再開し,ワーファリン再開によりINRが2.0以
上になるまでヘパリンの投与を続ける.緊急の場合
は新鮮凍結血漿による凝固系の改善を行う.
クラスⅡb
1 外科手術
  ワーファリンを手術72時間前までには中止し,
INR2.0以下の期間はヘパリンの皮下投与を行う.
手術はINRが1.5以下になっていることを確認して
施行する.術後,活動性出血がないことが確認され
次第ヘパリンの皮下投与を再開し,ワーファリン再
開によりINRが2.0以上になるまでヘパリンの投与
を続ける.
クラスⅠ
1 生体弁による弁置換術後患者に対する術後3か月間
におけるPT-INR2.0~3.0を目標としたワーファリ
ン投与
2 生体弁による弁置換術後で危険因子を持つ患者に対
する術後3か月以降のPT-INR2.0~2.5を目標とした
ワーファリン投与とアスピリンの少量投与(75~
100mg)
クラスⅡa
1 生体弁による弁置換術後で危険因子を持たない患者
に対する術後3か月間以降におけるアスピリンの少
量投与(75~100mg)
クラスⅠ
1 人工弁置換術術後(3か月未満)の症例に対する
INR 2.0~3.0でのワーファリン療法
2 以下の症例(術後3か月以降)に対するワーファリ
ン療法.
 AVR+低リスク
  二葉弁またはMedtronic Hall 弁 INR 2.0~2.5
  他のディスク弁またはStarr-Edwards 弁 INR 2.0~3.0
 AVR+高リスク INR 2.0~3.0
 MVR INR 2.0~3.0
クラスⅡb
1 適切な抗凝固療法中であっても明らかな血栓塞栓症
を発症した患者に対するINR2.5~3.5を目標とした
ワーファリン投与
2 適切な抗凝固療法中であっても明らかな血栓塞栓症
を発症した患者に対するアスピリン,
  またはジピリダモールの併用.
クラスⅢ
1 機械弁症例にワーファリンを投与しない.
2 機械弁症例にアスピリンのみ投与する.
3 人工弁植込み患者の管理
①抗凝固療法

 抗凝固療法に関しては,循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008年度合同研究班報告)として「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイド
ライン(2009年改訂版)」464)が刊行されており,本ガイドラインでも基本的にこの内容に沿った基準を示すこととする.

 抗凝固療法を行う場合に考慮すべき点として,人工弁位,人工弁種,および血栓塞栓の危険因子(心房細動,左室機能不全:EF< 35%,血栓塞栓の既往,左房内血栓,拡大した左房:左房径> 50mm,凝固亢進状態)がある1),150).抗凝固療法のモニタリングとしては我が国では従来はトロンボテストの使用頻度が高かったが,プロトロンビン時間を標準化したPT-INR(International Normalized Ratio; 患者のプロトロンビン時間を正常血漿のプロトロンビン時間で除した値をInternational
Sensitivity Indexで乗した値)が用いられ465),国際標準化が進んでいるため,本ガイドラインではPT-INRの表記に統一した.

1)機械弁
 機械弁植込み患者では全例にワーファリン投与による抗凝固療法が必要となる.ワーファリン投与下においても年間1~ 3 % 程度に血栓塞栓症の合併が認められ
466).海外では当初INRを高め(3.0~ 4.5)に設定していたが,この治療域では出血性合併症の発生率が高いことおよびINRを若干低めに設定しても血栓塞栓症の
発生率に変わりがないことから,INR を比較的低めに設定するようになってきた467)-472)

 治療域のPT-INR値として,European Society of Cardiologyは,第一世代(Starr-Edwards弁とBjörk-Shiley standard弁)では3.0~ 4.0, 第二世代(Medtronic-Hall弁やSt. Jude Medical弁など)では大動脈弁位で2.5~ 3.0,僧帽弁位で3.0を推奨している150).American College of Chest Physicians からは血栓塞栓症の危険因子がない大動脈弁位の機械弁であれば2.0~ 3.0,危険因子がある大動脈弁位の機械弁と僧帽弁位の機械弁で2.5~ 3.5を推奨している473).ACC/AHAの2006年のガイドラインでも,血栓塞栓症の危険因子がない大動脈弁置換で,第一世代の機械弁では2.5~ 3.5を,第二世代の機械弁では2.0~3.0を,僧帽弁置換術または血栓塞栓症の危険因子を持つ大動脈弁置換術に関しては2.5~3.5を推奨している1)

 また,これまでに三尖弁置換術後の抗凝固療法については大規模な報告が少なく,国際標準化がなされていない.いくつかの報告でも明確な抗凝固の目標は設定されておらず,本ガイドラインでも新たに設定するには根拠が乏しい314),474).ただし,これまでの報告からはINR目標を高値に設定することは出血性合併症が危惧される475)

 我が国ではPT-INRを欧米に比し低いレベルで管理した場合の遠隔期成績の報告が散見されるようになった476)-479)が,INRが2.0~ 3.0の範囲であれば血栓塞栓症の発生は低率であり,出血の合併症も低いことが明らかになってきており,日本人における至適INR値を決定する場合,人種の差を考慮する必要があると考えられる.今後大規模なprospective study が必要と考えられるが,本ガイドラインでは「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン」464)に基づき,日本人向けに低めのINRでの管理を提唱する(表48)

 また,抗凝固療法に抗血小板療法を併用することについて, 以前は出血性合併症の増加の報告が見られた480),481)が,これは投与量等に問題があったためと考えられている.最近では少量のアスピリンまたはジピリダモールの併用は有用との報告が多く482),484),ACC/AHAの2006年のガイドラインでもワーファリン療法に75~100mg/日のアスピリンを追加することがclassⅠにランクされている1)

2)生体弁
 生体弁植込み後3か月以内は血栓塞栓症の危険性が高いとされているため485),ワーファリンによる抗凝固療法(PT-INRで2.0~ 3.0)が推奨されている.3か月以
降は,危険因子を持たない症例では抗凝固療法を行わないか少量のアスピリン投与が推奨されている1),466),486).また,血栓塞栓症の危険因子を合併する場合には抗凝固療法を継続することが推奨されている.この場合我が国ではPT-INRで2.0~ 2.5を推奨する(表49)

3)歯科的処置を実施する患者に対する抗凝固療法(表50)
 従来は抜歯などの出血を伴う歯科的処置を行う場合,処置の2~ 3 日前からワーファリンを中止していることが多かったが,ワーファリンを休薬すると血栓性・塞栓
性疾患発症のリスクが上昇し464),487),488),ワーファリン休薬100回につき約1 回の割合で血栓塞栓症が発症するという報告もある487)

 PT-INR2.0~ 4.0であればワーファリン継続下でも重篤な出血性合併症を伴わずに抜歯できることが前向き研究で示されており489),490),INR2.5 以下での抜歯を勧める報告もある491),492).また我が国歯科医師よりの最近の報告や総説でも,抜歯時には抗凝固薬・抗血栓薬を中止しないようにと記されている493)-496).ACC/AHAの2006年のガイドライン1)でも治療手技によって出血が出現しそうにない場合にはワーファリンは継続すべきとされている.

 以上より本ガイドラインでも「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン」464)と同様にワーファリン内服継続下での抜歯を歯科医に要求する
ことを提唱することとする.

4)非心臓手術を実施する患者に対する抗凝固療法(表50)
 大きな外科手術を実施する場合にはワーファリンを72時間前までには中止し,INRが1.5以下になったことを確認する必要がある.術後活動性の出血がないことを
確認の後ワーファリンを再開する.抗血小板療法は1週間前に中止する.基本的には,周術期でINRが2.0未満の期間にヘパリンの持続投与が推奨される.ヘパリン
の投与量はaPTTが55~ 70秒に維持されるように調節し,術前4~ 6時間前に中止する.術後は活動性の出血がないことを確認の後,可及的早期にヘパリン投与を再開する.ヘパリンの皮下投与も魅力的な方法であるが497),有効性に関する明らかな証拠はない.

 なお,緊急で外科的処置が必要な場合にはワーファリン投与例に対するビタミンKの投与または新鮮凍結血漿の投与が行われるが,前者では凝固亢進状態を誘発することがあるため,後者が好ましいと考えられている.

②人工弁感染性心内膜炎の予防

 人工弁置換術後の患者では,歯・口腔,呼吸器,消化器,泌尿生殖器,などにおける外科的手技や処置に伴い菌血症から容易に人工弁感染性心内膜炎を発症することがあり,感染性心内膜炎のハイリスク患者として処置前に適切な抗生剤を予防的に投与することが推奨されている.歯・口腔,呼吸器,食道,などにおける処置ではα型溶血性連鎖球菌,食道を除く消化器や泌尿生殖器では腸球菌を原因とした菌血症を生じやすく,予防投与する抗生剤として表51,52のようなものが推奨されている498)

③経過観察のための診察

 抗凝固療法が必要な患者では,PT-INR値が安定した後も月1回のPT-INR検査が必要である465).抗凝固療法が必要ない患者でも, 新規の血栓塞栓の危険因子発生を認めた場合には,抗凝固療法の再開を検討する必要がある.また新規の心房細動を認めた場合においては「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン」464)に従って,脳梗塞や出血のリスク評価に基づいた抗凝固療法の実施が推奨される.中等度のリスク評価としてCHADS2 スコアが有用であり,出血のリスクを評価するためにHASBLEDスコアを参照するのも有用である499)

 来院の頻度は個々の患者の状態によるが,合併症のない無症候で,抗凝固療法の必要がない患者でも最低年1回の来院が望ましい.病歴および理学的検査は必須であり,心電図および胸部レントゲン検査は有用な検査である.全血球検査およびLDHの測定は溶血の判定に有用であり,その他BUN,クレアチニン,電解質などは必要に応じて施行する.心機能不全や弁機能不全の症状・所見がある場合には心エコー検査が有用となる.ルーチン検査としての心エコー検査についての見解は定まっていないが,生体弁では経年的に構造的劣化の危険が増大するので,植込み後5~ 8 年を経過したものではルーチン検査に含めるべきとの意見がある.

④人工弁再手術の適応


 人工弁再手術の適応が考慮される場合としては,中等度~高度の人工弁機能不全(構造的,非構造的を問わない),内科的に治癒困難な人工弁心内膜炎,人工弁に起因する高度な溶血,血栓弁,人工弁─患者ミスマッチ,再発性血栓塞栓症,抗凝固療法に起因する重症再発性出血がある.
表48 機械弁弁置換患者の抗凝固療法に関する推奨
表49 生体弁弁置換患者の抗凝固療法に関する推奨
表50  出血を伴う歯科処置/外科手術を必要とする患者の抗凝固療法
表51 歯・口腔,呼吸器,食道領域の各外科的手技・処置時における人工弁感染予防のための抗生剤投与
(PO:経口投与,IV:静注,IM:筋注)
表52  食道を除く消化管,泌尿生殖器領域の各外科的手技・処置時における人工弁感染予防のための抗生剤投与
(PO:経口投与,IV:静注,IM:筋注)
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Ⅴ その他 > 5 人工弁移植患者の管理 > 3 人工弁植込み患者の管理