弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
1 脳梗塞や脳出血発症後4週以内
2 脳虚血症状を有する内頸動脈/頭蓋内動脈の高度狭窄
3 両側内頸動脈の高度狭窄病変
4 症候性脳動脈瘤
5 巨大脳動脈瘤(≧25mm)
1 脳CT,脳MRI/MRA検査:脳梗塞,脳出血,頭蓋内血管
病変(瘤,など)の検索
2 頸動脈超音波検査:頸動脈閉塞病変に関する検索
3 経食道心エコー:左房内血栓や心内疣腫の有無,上行大
動脈壁の性状評価
4 胸部CT(非造影,造影):上行大動脈壁の性状評価
①術前近接期の脳梗塞,脳出血
弁膜症患者の術前に脳梗塞や脳出血を生じた場合,頸動脈エコー・ドプラ検査,脳CT検査,脳MRI・MRA検査などが行われる.他方,心腔内血栓,特に左房内血
栓の有無の検索には経胸壁心エコー検査あるいは経食道心エコー検査が有用である.
脳梗塞・出血などの脳血管障害の発症後は,出血性梗塞,再出血のリスクが低くなるまでの期間(4週以上)を空けて開心術を行うべきとされていたが
377)
,最近で
は早期手術を支持する報告も増えている
378),379)
.しかしながら広範囲の心原性脳梗塞は開心術を行わない治療経過においても出血性合併症の高リスクであり
380)
,注意を要するものと思われる.よって,左房内血栓による脳梗塞では,全身状態が安定しているのであれば,抗凝血薬や抗血小板剤投与により脳梗塞の再発を予防しつつ,脳梗塞発症後4週間以上経過した時点で弁膜症手術を行うことが推奨されるが,大きな血栓,ボール状血栓,可動性のある壁在血栓および肺静脈を圧迫する壁在血栓の残存する症例では,より早期の手術を考慮すべきである.また感染性心内膜炎による脳梗塞後出血は血管障害が関与するとされ
381)
,非感染性の梗塞とは別に考えるべきと思われる.感染性心内膜炎に合併した脳梗塞・出血後の手術時期については「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)」を参照されたい.
②閉塞性動脈硬化病変
閉塞性脳動脈硬化を伴う弁膜症患者では,体外循環中の脳灌流圧低下により脳虚血を生じる可能性があり,特に両側の内頸動脈に高度の閉塞性病変を有する症例では開心術後の脳合併症発生率は20%に達するとの報告もある
382)
.脳梗塞の既往のある症例や一過性脳虚血発作(TIA)を有する症例,頸動脈に雑音を聴取する症例では,術前検査で脳血管病変の有無を調べることが必要である.特に超音波検査,ドプラ検査は,内・外頸動脈の硬化性病変の程度や血流パターンを容易に検索できるのでスクリーニングとして有用である.病歴や頸動脈超音波検査から高度の閉塞性脳血管病変の存在が強く疑われる症例では,さらに頭頸部3D helical computer tomography angiogram(3D-CTA),脳MR angiogramや脳血流シンチを行い頭蓋内血管病変の検索や脳虚血の有無と程度を評価することが重要である.一般に管腔狭窄が高度(70~ 90%以上)にならないと血流低下を来たさないといわれ,高度の狭窄を有する症候性内頸動脈狭窄例は脳外科手術の適応とされている
383),384)
. 近年ではcarotidartery stenting( CAS)が頸動脈内膜切除術(CEA)同等に有用であることも示されている
385)-387)
.一方,無症候性の病変に対しては,高度(60%)内頸動脈狭窄を有し,全身状態が良好でかつ周術期合併症が3%未満の水準を満たす施設でのCEAは推奨されているものの
388)
,心疾患合併症例での前処置としてのCEAやCASの施行による効果は不明とされてきた
389)-391)
.しかし最近になり,70%以上の無症候性頸動脈病変に対するCEAの冠動脈バイパス術の術前あるいは同時施行により脳梗塞の発生が減ることが示された
392)
.したがって,脳梗塞の既往,一過性黒内症やTIAがあり,高度(70~ 90%以上)の内頸動脈/頭蓋内動脈狭窄病変が証明される患者では,術後脳合併症の危険性は比較的高いと考えられ,脳外科との連携した治療が重要である.
高度の内頸動脈狭窄/頭蓋内狭窄病変を有する患者の開心術に際しては,人工心肺の灌流圧を高目(70~ 80mmHg以上)に保つことが脳灌流を維持するのに有効とされている.このことは症候性症例のみならず無症候性症例においても重要と考えられる.高度の閉塞性病変により人工心肺中の脳循環不全が危惧される患者では,CEAやCAS,浅側頭動脈─中大脳動脈バイパス術など脳外科手術を先行させる,あるいは同時に行うことにより,開心術/弁膜症手術における脳合併症発生率の低下が期待できるとの報告があるが
382),393),394)
,それらの実際面での適応については,先述の通り議論が残されている.
術中のモニタリングとし局所脳酸素飽和度(rSO2)は脳血流のモニタリングのみならず,全身の灌流状態のパラメータともなるとされ
395)
,絶対値50%未満,基準値
から20~ 25%以上の有意な低下がみられた際には,昇圧剤の使用や,IABP使用
396)
による脳灌流圧の維持を行うことにより, 脳神経障害や認知機能障害の回避ならびに入院期間の短縮につながる
395),397)
とされる.
③脳動脈瘤,脳動静脈奇形
脳卒中(stroke)の5~ 15%は脳動脈瘤の破裂によるといわれ,弁膜症患者においても脳卒中,特にくも膜下出血(SAH)の既往がある場合には,術前検査でその
有無を調べることが重要である.一般に脳3D-CTA,脳CT検査や脳MRI/magnetic resonance angiography(MRA)がスクリーニング検査として有用である
398)
.
動脈瘤は前方循環(内頸動脈,前交通動脈,前大脳動脈,中大脳動脈)より後方循環(後交通動脈,後大脳動脈)に存在するもの,サイズの大きいもので破裂リス
クが高く,特に25mm以上では5年で半数近くが破裂する
399)
.小さな動脈瘤(< 7~ 10mm)は一般に破裂の危険性は少ないが,脳神経症状のある例(症候性)では瘤サイズに関係なく,破裂の危険性は比較的高くなるといわれている
400)
.また弁膜症患者では,術後抗凝固療法が必要となる場合が多く,(1)若年者,(2)SAHの既往のある症例,(3)脳動脈瘤破裂の家族歴のある症例,(4)大きな脳動脈瘤の症例,(5)脳神経症状を有する症例,などでは弁膜症手術と脳外科手術の適応に関し,両者の手術タイミング,代用弁の選択などの面で特別な配慮が当然必要と考えられる(別項:Ⅴ-6“生体弁の適応と選択”を参照).
脳動静脈奇形は比較的稀な疾患
401)
であり,原則として治療適応は出血の合併症がみられたときであり,弁膜症患者で問題となることは少ない.弁膜症手術と脳外科手術のタイミングや弁膜症手術後の抗凝固療法との関連で,脳動脈瘤合併例と同様な配慮が必要である.
1 脳血管病変
(表39,40)
表39 脳合併症危険因子検索のための術前検査
表40 開心術に際して注意すべき脳血管障害
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Ⅴ その他
>
4 他臓器障害(危険因子)を有する弁膜症患者の手術
> 1 脳血管病変(表39,40)
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