弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
1 一秒率や予測%肺活量が50%以下
2 室内空気下の動脈血ガスデータでPO2≦70mmHg,PCO2
≧50mmHg
 弁膜症手術対象患者に合併する肺機能障害としては,弁膜症に起因するもの, 慢性閉塞性肺疾患(chronicobstructive pulmonary disease: COPD), 肺線維
症などの拘束性肺疾患,肺梗塞などが挙げられる.肺機能障害合併の有無や重症度評価には,ルーチン検査として,ベッドサイドの肺活量測定や動脈血ガス採取が行われているが,異常値を示す症例では精密肺機能検査や肺換気血流シンチを行って,その原因検索や重症度判定を行う必要がある.

①弁膜症に起因する肺機能障害

 僧帽弁疾患では,慢性的肺うっ血による間質や気管支の浮腫,左房容積拡大による主気管支の圧迫や肺コンプライアンスの低下,肺高血圧による肺内血流分布異常に伴い,肺の拘束性障害や閉塞性障害,拡散能障害を生じる.したがって,僧帽弁手術による血行動態や肺うっ血の改善はこれらの悪循環を断ち切り,術後の呼吸状態にも良好な効果を及ぼす.僧帽弁手術における術前後の肺機能の検討では,術後近接期に一時的な落ち込みが見られるものの,その後,術前値に比し有意に改善するとされている413),414).しかし,病悩期間の長い重症の僧帽弁疾患症例では,肺機能障害が強く心機能の低下や低栄養状態と相まって術後の呼吸管理に難渋する症例も稀ではない.三尖弁逆流を有する肺高血圧合併例の検討では,肺活量,一秒率,肺拡散能,肺内血流分布ともに改善しなかったとする報告415)もある.しかし,いかに肺機能障害が高度であっても,それが弁膜症に起因するものと考えられる場合は手術適応を検討する必要がある.

 巨大左房合併例では,長期間の慢性的肺鬱血に加えて,巨大左房による左主気管支の圧迫や胸腔内容積減少に伴う肺コンプライアンスの低下により特に呼吸機能が低下しているとされている.このような症例に対して,僧帽弁手術に左房縫縮術を加えることは術後の呼吸管理上も有用416)とされている.

②器質的肺疾患の合併

 一秒率や予測%肺活量が50%を下回る場合,room air下の動脈血のPCO2 が50mmHg以上,またはPO2が70mmHg未満の場合には重症の器質的肺疾患の合併を考慮しなければならない(表42)

 高度の肺高血圧を呈する肺梗塞や肺線維症合併例では,術前に酸素やNO負荷417),またはプロスタグランディン製剤の負荷による心臓カテーテル検査により,術
後,肺動脈圧が低下する可能性があるかどうか調べておく必要がある.これらの負荷に反応しない症例では,開心術は禁忌と考えられる.慢性気管支炎,肺気腫に代表されるCOPDの重症例は,開心術はもちろん,全身麻酔の危険因子でもある.気管支拡張剤やステロイドを内服しているCOPDの合併は,開心術の手術死亡や術後の縦隔炎発生の危険因子に挙げられている418),419).心臓手術において1秒率が70%未満かつ%1秒率が80%未満,%CO肺拡散能(DLco)50%未満の症例は,10倍以上の死亡リスクを有するとされている420). またCOPDの重症度分類には1秒量(O)に加え,肥満指数(body-mass index)(B),呼吸困難の程度(D),運動耐用能(E)を加味したBODE indexの有用性が報告されている421)が心臓手術との関連性は今後の検討課題である.術前からの抗生剤や気管支拡張剤の投与,喫煙者での術前の十分な禁煙期間の設置,呼吸訓練器機の使用420),422),423)を含めた適切な理学療法の実施など,綿密な周術期の呼吸管理を計画しなければならない424).肺線維症などの拘束性障害を合併する場合にも同様な周術期呼吸管理を要するが,拘束性障害の重症例を手術の禁忌としている報告は認められない.しかし,感染を伴った気管支拡張症や膿胸,肺炎などは,開心術による感染増悪や術後の人工弁感染が懸念され,開心術の適応には慎重な検討を要する.

3 肺機能障害合併例
表42 開心術に際して注意を要する肺機能障害
Ⅴ その他 > 4 他臓器障害(危険因子)を有する弁膜症患者の手術 > 3 肺機能障害合併例
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