弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
1 血清クレアチニン値≧1.5mg/dL
2 クレアチニン・クリアランス<30mL/分
3 抗凝固剤や抗血小板製剤投与中の慢性透析
4 糖尿病性腎症による慢性透析
5 腎移植後
4 腎機能障害合併例
(表43)
①非透析腎機能障害症例

 近年の高齢化や糖尿病に代表される動脈硬化性疾患の増加,などに伴い,弁膜症手術対象患者にも腎機能障害を合併するものが少なからず見られるようになった.人工心肺を用いたCABGの検討425)によると,術前の血清クレアチニン値が1.5~ 2.0mg/dLの中等度腎機能障害例では術後急性期に腎機能が悪化するリスクが2倍となり,さらに,鬱血性心不全や糖尿病も合併している症例ではさらにそのリスクが増すとされている.術後に透析を要する腎機能障害を発生リスクはeGFR90mL/分/1.73m2の患者と比較すると,GFR 60mL/min/1.73m2でオッズ比2.07,45mL/分/1.73m2で4.51,30mL/分/1.73m2で9.85という報告がある426).また中等度腎機能障害(eGFR> 40 mL/分/1.73m2)ではeGFRよりも,術前尿アルブミン/尿クレアチニンと術後急性腎不全の相関がある427)と報告されている.また,クレアチニン・クリアランスでは30mL/分以下が開心術後の腎機能障害や腎不全発生の指標の一つとされている428).術後腎不全の予測因子として,高齢,鬱血性心不全の既往,再手術,糖尿病,腎疾患の既往,などが挙げられるが,腎機能障害悪化の対策として,腎毒性のある薬剤を使わないこと,クレアチニンクリアランスに応じた薬剤投与量の調節,少量のドーパミン投与による腎血流量の増加,hANPの使用429),IABPの併用430),拍動流体外循環の使用431),周術期のLOSや低血圧の回避432),などが有効な対策として報告されている.

②慢性透析症例

 透析の長期化や透析人口の増加,高齢化により,透析患者に対する弁膜症手術も稀ではなくなった.透析患者では,広範な代謝異常による組織の脆弱性,創傷治癒の遅延,出血傾向,易感染性などの多彩な障害を伴うようになり,術式の選択から周術期管理まで慎重な対応を要する.透析患者では止血に難渋することが多く,術前の抗血小板剤やワーファリンの投与例では薬剤の効果がなくなるように十分な間隔を空けて中止しなければならない.貧血や低アルブミン血症に対する術前補正も有効である.また,術直前の透析により電解質の補正や血液浄化を十分に行っておかなければならない.透析患者では,上行大動脈や弁輪部の石灰化も高率に見られ433),かかる症例ではaorta no-touch techniqueや慎重な弁輪部処置が要求される.透析患者に対する弁膜症手術の手術死亡率は0 ~ 21% 434)-438)と報告されており,術前のNYHA Ⅳ度,CABGとの同時手術,緊急手術,60か月以上の透析歴,などが危険因子とされている.遠隔成績は非透析患者に比較すると不良であり,欧米では術後3 年の生存率45~ 50%との報告にあるが437),439),我が国では3年生存率74.6%,5年生存率55.7%という良好な結果も報告されている440).遠隔成績に関与する因子として糖尿病性腎症,肝疾患合併,二弁置換が報告されている436),439).また,透析患者における人工弁の選択は,代謝異常によりCa が沈着しやすいので一般に生体弁よりも機械弁が望ましいとされていたが,透析患者では長期生存例が少ないために両者による遠隔成績の差を認めないとする報告435),437)や,弁関連合併症が少なく生体弁の方がよいとする報告441)もみられる.腎不全の原疾患や合併症も考慮した上で個々の症例で選択する必要があると考えられる(別項:Ⅴ-6“生体弁の適応と選択”を参照).

③腎移植後症例

 腎移植患者に対する開心術では,免疫抑制剤投与に伴う易感染性や腎不全の再燃が懸念される.サイクロスポリンなどの免疫抑制剤による腎毒性を留意しなければならない一方で,移植腎に対する拒絶反応が再燃するとこれも腎機能障害を助長する.免疫抑制剤の血中濃度を頻回にモニターし,免疫抑制剤の投与量を適切に保たなければならない442)

表43 開心術に際して注意を要する腎機能障害
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Ⅴ その他 > 4 他臓器障害(危険因子)を有する弁膜症患者の手術 > 4 腎機能障害合併例(表43)