弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂版)
Guidelines for Surgical and Interventional Treatment of Valvular Haert Disease( JCS 2012)
1 生体弁の種類
 生体弁の種類としては自己弁,同種弁および異種弁があり,異種弁は豚大動脈弁を用いたものと牛心膜を用いたものに分けられる.また,異種弁は構造的にステントが付いたもの(ステント生体弁)とステントを外したもの(ステントレス生体弁)に分けることができる.

①自己弁

 自己弁とは同一患者内の心臓弁を転位させることを意味し,肺動脈弁を大動脈弁位に移植するRoss 手術がその代表的な例である248).手技的には,肺動脈弁を大動脈弁位に内挿するsub-coronary法と,肺動脈弁および付属する肺動脈を用いて大動脈基部を置換するfull-root法があるが,後者が用いられることが多い502).Ross 手術では自身の“生きた”弁を用いることから,血行動態的に優れており,成長が期待でき,宿主免疫反応による弁の変性がなく,抗凝固療法が必要ないことが示されている.したがって,成長過程にある乳幼児,小児が最もよい適応と考えられている503).また,近年の多施設ランダム化試験において,成人のRoss 手術における極めて良好な術後早期および遠隔期成績が報告された504).しかしながらRoss 手術の手術手技は煩雑であり,良好な術後早期成績が報告されているのはRoss 手術の経験の豊富な施設に限られている.また術後遠隔期には,肺動脈弁位に用いられる同種弁あるいは人工弁の変性や,自己肺動脈弁輪の拡大による弁閉鎖不全が問題視されている505)

②同種弁

 同種弁とは死亡した人間から摘出された心臓弁を用いて弁置換手術に使用するものであり,同種大動脈弁は心臓手術の黎明期から心臓弁置換手術に用いられて
きた248).同種弁は大動脈弁と肺動脈弁が一般的であるが,房室弁が使用された報告も散見される506).同種弁の保存方法として,冷蔵保存されるもの,摘出後ただちに使用されるもの,液体窒素下に冷凍保存されるものがあるが,現在は冷凍保存が一般的である507),508).最も多く実施されてきた同種大動脈弁による大動脈弁置換術において,手術手技的には大動脈弁位に内挿するsub-coronary法と大動脈基部を置換するfull-root法が一般的であるが,いずれにおいても血行動態に優れ,抗凝固療法が必要なく,感染に対する抵抗性が強いと報告されている507),508).しかしながら,汎用性,やや煩雑な手術手技,耐久性,ならびに再手術時の強固な癒着と石灰化という問題を有することから504),509),現在では,活動期感染性心内膜炎あるいは肺動脈基部の再建などに好んで用いられているにすぎない.我が国では同種弁は市販されておらず,一部の施設において採取,保存,使用まで行われているものの510),その他の施設は個人輸入に頼らざるを得ず,標準的な使用には至っていない.

③異種弁

1)ステント付豚大動脈弁
 豚の大動脈弁をグルタールアルデヒドで組織固定した後,ステントにマウントさせたものである.第1世代生体弁は高圧固定した弁で,第2世代以降は低圧または無
圧固定しており,抗石灰化処理を施した弁が第3 世代である.現在我が国で市販されているものは第3世代のものでありモザイク生体弁,モザイク・ウルトラ弁および
エピック生体弁がある.

 第1世代のカーペンター・エドワーズ・ブタ弁やハンコック弁では20年を越える遠隔成績が出されている511)-513).第2世代のカーペンター・エドワーズ・スープラアニュラ生体弁およびハンコックⅡ生体弁でも10年を超える遠隔成績が明らかになっているが514)-516),第3 世代のモザイク生体弁も10年を超える遠隔成績が明らかになっている517),518).一方,2011年に我が国で新規採用になったエピック生体弁は良好な早期成績が報告されている519),520)

2)ステント付牛心膜弁
 牛心膜弁は牛の心膜から型抜きした3枚の半円形シートをステントにマウントさせたものである.ステント付豚大動脈弁に比し大きな有効弁口面積を持つとされてい
521)が,第1世代では早期の人工弁機能不全が問題であった.現在市販されているのは抗石灰処理を施してる第3 世代のカーペンター・エドワーズ牛心のう膜生体弁(ペリマウント),カーペンター・エドワーズ牛心のう膜生体弁マグナおよび僧帽弁プラス,新しい抗石灰化処理を施したカーペンター・エドワーズ牛心のう膜生体弁マ
グナEASE TFXおよび僧帽弁プラスTFXである.カーペンター・エドワーズ牛心のう膜生体弁(ペリマウント)は,15年を超える優れた遠隔成績が得られている522)-531).また,カーペンター・エドワーズ牛心のう膜生体弁マグナおよび僧帽弁プラス,カーペンター・エドワーズ牛心のう膜生体弁マグナEASE TFXおよび僧帽弁プラスTFXは良好な早期成績が報告されている525),526),530),532)-534).また,2012年にトライフェクタ弁が新規採用,マイトロフロー弁が,今後,我が国で採用される予定である535),536)

3)ステントレス生体弁
 ステント生体弁ではステントと縫着輪が付いている分,有効弁口面積が狭くなり,血行動態的に同種弁に劣るとされている.同種弁はドナー不足の問題により供給
が限られることより,同種弁に近い血行動態を持つものとして開発された.豚大動脈弁と基部をそのまま使用したフリースタイル弁ならびにプリマプラス弁が我が国で
市販されている.

 フリースタイル弁は無圧固定処理およびαアミノオレイン酸による石灰化抑制処理がなされており,同種弁と同様な方法で挿入される.優れた血行動態が報告され
ており537),近年中期遠隔期成績の報告も散見されるようになってきている538)-540).プリマプラス弁は低圧固定処理および界面活性剤のXenoLogixによる抗石灰化処理がなされている.フリースタイル弁同様,優れた血行動態が報告されており,良好な中期遠隔期成績が報告されている541),542)
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